今日からブログを書くことにした。
過去を振り返って、具体的には過去に書いた文章を読み直して、今との連続性を見つけたい。
自分の人生にストーリーがないというか、つねに目の前の現実に向き合ってるだけで、それだと文脈がポンポン飛んでしまっているような感覚があり、ときどき不安になる。
せめて文章だけでも、自分の連続性を構成してみたいと思う。
過去の日記はプライバシーに配慮して再編集しつつ。
ひとまず、データに残っている一番古い日記から。
2000年12月7日(木)。はや12年前。当時、大学一年生の冬。
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日記初日---12/7(木)20:24
今日は朝から天気もよかったし、うちの犬の体調もよくなってきたようだし、
なかなか好意的な一日だった。でも寒かった。
大学に行ったら、半袖短パンの男がいたんでおどろいた。授業中、そいつの叫ぶ声が外から聞こえてきた。
気になって授業に集中できなかった。授業後に観察しに行った。
カードゲームに興奮していただけらしかった。なんだ、つまんねぇの。
授業はおもしろかった、久しぶりに。美術の授業だったんだけど、「腸の中には糞尿が詰まっていることに意識的になって人間の全体を描くということ」が大切なんです。
一日に二行は読書しようということを大学入るときに決めたので、とりあえず読書感想。
小林秀雄の「モオツァルト」を読んで唸っていた。
「言いたい事しか言わぬ為に、意思の緊張を必要とするとは、どういう事なのか。僕等が落ち込んだ奇妙な地獄なのではあるまいか。要するに何が本当に言いたい事なのか僕等にはもうよく判らなくなって来ているのではあるまいか。」
はぁ、なるほど。大学来てから、なるほどと思うことばかりだ。
なるほどっていうのは、感想じゃないけど、はぁ、なるほど、としか言えない。
そうだったのかっていう風に気付かされるって、ん?
これはもしかしたらそう思い込まされてるって事なんじゃないか?
いろいろ気付かされたって有難がってたけど、違うのか?大学って怖いところだ。
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2013/6/10修正
初投稿時(11/9)には、「韜晦ぶってる、の一言に尽きる」と書いていたが、
これは韜晦ぶってるのか、本気なのか。
自分の過去と現在をつなげるというのは、予想以上に難しい。
むしろつなげたくない過去ばかりかもしれない。
それこそ、私が現在から現在へと飛び移っている理由かもしれない。
客観的にみれば、韜晦だか本気だかわからないが、こんな感じで今日まで続いてきたんだろうな、という感じがする。
過去だけ振り返るというのはあまり楽しい作業じゃないのかも。
振り返った過去をつなげるべき現在が、未来ぬきには位置が定まらないし。
ということで、未来に向けて、自分を立てていく。
その前提で、過去を振り返ることにしよう。